回想録⑨

「長崎から日本一を!」
を掲げ、夢を叶えるまで13年の歳月が流れ、そこから5年で4人の全国チャンピオン、インターハイと国体、日本ジュニア等の俗に言う全国大会で10回勝った。
俺は陸上ファンではない!
陸上競技の勝負が好きなジャンキーみたいなところがあり、より高いレベルで戦うこと、その緊張感ややり甲斐に魅了されていたのかもしれない。
やがて、全国大会で入賞するのは当たり前、勝てなければ残念でした!みないな評価に、素材の違いを払拭する選手たちの努力が正当に評価されていないことに対して、複雑な疑念が湧き上がっていった?
そんな頃、町村合併により南島原市の職員になっていた俺は、たぶん?県の強化担当者の仕業だと思うのだが、コソコソ俺の指導実績なんか調べているので何しとるん?と思っていたら、ある日突然、教育長に呼ばれ「文部科学大臣表彰の受賞おめでとう!」と告げられた。
「何でやねん!」教育委員会で長く仕事をしていた俺は、この表彰の不自然さを誰よりも理解できた。
すぐに要項等調べると、受賞の条件の中に概ね40歳以上の文字を見つけ、担当者に「あり得んやろ!俺は今年41歳になったばっかりやぞ!」と抗議したが、時すでに遅く俺は虎ノ門の会場であった授賞式に出席した。
案の定、受付でお姉さんに名前を告げると、「あっ代理の方ですね?」と言われ、「いや、本人ですが」と答えると、そのお姉さんはえらく恐縮し謝りながら受賞者リボンを付けてくれた。
会場に入ると、そこは明らかに場違いな雰囲気で、老夫婦や車椅子を押されてらっしゃる方々が談笑されている。
俺は来たことを後悔しながらも、各県から来られている大先輩方に対して、恥ずかしさで固まっていた。
「こりゃ最年少受賞やな」と思いながら、やけに長く感じる時間を過ごし、その日のうちに逃げるように長崎へ帰って来た。
帰ると教育長の呼びかけで、教育委員会全員参加の祝賀会が企画されており、当時ヒラ職員だった俺は恥の上塗りを食らわされ、同じく教育長命令で市の校長会で講演までさせられた。
現役の指導者がこんな扱いを受ける?ここまで来ると人材不足も深刻な問題で、ろくな大人を育てられない?田舎のシステムだと俺は思っている。
そんなこんなで、回想録も9回目を迎えいよいよ次回で完結しようかと考えています!
次の長崎国体編でようやく「KENZOまん」秘話が登場することになりますので楽しみに・・

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