回想録④

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写真が謎のフィリピン人?辻弘雅先生。(サチュレーションしてる人)

この春、まだ優勝候補だった中村健太郎選手を連れて、大分で開催されていたダイヤモンドアスリートの合宿をサボって、長崎に合宿に来ていた変わり者?インターハイ勝てたから良かったものの、負けてたら?・・怖っ。
巻き込むなよ俺を!

大学時代の話は公に話せることが少ないので割愛させていただくとして、一応生きた証として数多くの伝説だけは作っておいた?
そして半年留年後、俺はいよいよ長崎へと帰ることになる。
と言っても、教員を目指していた俺に正式採用の口は無く、非常勤講師なんかしながらその頃から口加高校の陸上部には指導に通っていて、そこそこ板についていた?と思っていた。
3年近く養護学校の重度障害を持つ子供たちと過ごしたおかげで、俺はいろいろなことを学んだ。
当たり前の動作が当たり前に出来ることの意味や、家族の苦悩や愛情、それまでアスリートとしてエリートの中で自分の存在価値を見つめ続けてきた自分が、時に恥ずかしくなるような現場がそこにはあった。
そのすべてを高校生たちに伝え、競技ができる幸せを、苦しみにチャレンジできる喜びを噛みしめるよう指導した。
俺がもし、社会人としてストレートに今を迎えて居たなら、4人のインターハイチャンピオンを長崎で育てる事はできなかっただろう?
俺にそのことを気づかせてくれた、島原養護学校時代の子供たち、そして保護者の皆さんに、心から感謝したい!
ありがとうございました。
23才で長崎に帰ってから、約5年就職浪人みたいな時を経て、あるきっかけから地元の役所の試験を受けることになる。
そのきっかけ?がまた面白いからお楽しみに(笑)

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